[Day 126] 馬が、まづ、お渡り給いたる水
五月 · 三度目の戸 | 約三分の読み

許都(きょと)の壁に、十張の鋪紙(しょし)が、ひと列(れつ)に、お掛(か)り給いたるその年の秋、視線を、南へと、お移し給う。
同じ年のある秋の夕、襄陽(じょうよう)の西の檀渓(だんけい)の水が、月の光の下にて、黒く、お煌(きら)めき給いおったのである。水の深さは、お大人(となびと)のお身(み)の丈(たけ)の二倍を、お越(こ)え給う、と、お申し給いたり。幅(はば)は、三丈(さんじょう)に、お近かりき。両岸(りょうがん)の泥(どろ)が、馬の四つの足を、お呑(の)み給うべき厚さに、お積(つ)まり給いおったのである。水辺の葦(あし)が、風を、お受け給いて、大きく、お撓(しわ)み給い、再び、反対のほうへと、いっそう、大きく、お撓み給いたり。
刺史府(ししふ)の西園(せいえん)の宴は、午後より、夕まで、お続(つづ)き給いたり。劉備(りゅうび)は、末席の短き足の椅子(いす)に、お座り給いて、既(すで)に、五六(ごろく)の杯を、お越え給いつつあったのである。隣(となり)の部屋の関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)は、未(いま)だ、各(おのおの)の席を、お守り給いおったのである。
宴の六番目の杯が、お回り給う頃、従事(じゅうじ)伊籍(いせき)が、しずかに、後庭(こうてい)へと、お歩み出(い)で給いたり。暫(しば)し、後(のち)に、劉備もまた、「厠(かわや)に、お参(まい)り申さん」と、お申し給いて、お席を、お去り給いたり。後庭の井戸の傍(かたわ)らにて、伊籍が、お待ち申し給いおったのである。彼のお声は、低かりき。
「皇叔(こうしゅく)。今宵が、お過り給う前に、襄陽の西の門を、お去り給え。蔡瑁(さいぼう)が、東・南・北の三つの門の外に、既に、軍士を、お置き給いたり。西の門のほうのみは——檀渓との小川(こがわ)が、お遮(さえぎ)り給いおりて、軍士が、ござらず、ござる。」
劉備は、永(なが)く、お言葉なく、ござりたり。その後、しずかに、お問い給いたり。
「小川は、お渡り給うを、お得(う)べき席に、ござり給うか。」
「否(いな)に、ござる。ただ——皇叔の馬の的盧(てきろ)が、お渡り給わば——それは、人の事にあらず、天の事に、ござる。」
劉備は頭を、お垂れ給いたり。席に、お戻り、お座り給いたり。七番目の杯が、お回り給いたり。劉備は、何(なに)も、お訪(おとな)い給わざりたるお顔にて、その杯を、お受け給いたり。
西園の宴が、最も、お乱(みだ)れ給いたる刹那(せつな)、劉備が、しずかに、身を、お起(お)こし給いたり。後の戸を、お通(とお)り給い、襄陽の暗き路地(ろじ)を、お巡(めぐ)り給いて、西の門の下の小さき馬屋(うまや)に、お達(たっ)し給いたり。的盧が、既に、お醒(さ)め給いおったのである。額(ひたい)の白き房(ふさ)が、月の光の下にて、少しく、お煌めき給いたり。的盧は、六年の前、荊州(けいしゅう)に、お入り給いてより、ずっと、劉備の傍らに、ござりおりたる馬にてあった。荊州の風聞は、この馬を、「主に、害(がい)を、お致し給う馬」と、お呼び申しおったのである。劉備は、その風聞を、お知り給いつつも、この馬を、お捨(す)て給わざりおりたのである。
劉備は、鞍(くら)の上に、お乗(の)り給いたり。的盧は、お主の体重を、お受け給いたるその刹那、両耳を、お逆立(さかだ)て給いたり。西の門が、しずかに、お開(ひら)き給いたり。伊籍が、門番に、予(あらかじ)め、お申し置き給いたるお陰(かげ)にてあった。門が、背(せな)の後ろにて、お閉(と)じ給う音が、大きく、お響き給いたり。その音が、お響き給うや否や、城の内側より、足音が、お降り注(そそ)ぎ給いたり。蔡瑁の麾下(きか)にてあった。
隣の部屋の関羽と張飛が、既に、各(おのおの)の刀を、腰に、お差し給いて、お立ち給いたれども、劉備の小さきお手振(てぶ)りが、その夕の間(あいだ)の両弟(りょうてい)の役割を、お定(さだ)め置き給いたる後にてあった。兄上(あにうえ)が、西の門を、お去り給いたる後のひと息の時を、両人の身を以て、お稼(かせ)ぎ給う事。張飛が、まづ、大いに、お伸び(のび)を、お致し給いたり。「ああ、お酔(よ)い給いたり。」関羽が、冷(つめ)たきお顔にて、蔡瑁の麾下の前に、しずかに、路を、お塞(ふさ)ぎ給いたり。

西の門の外の狭(せば)き路の上を、的盧が、塵(ちり)を、お上り上げ給いつつ、お走り給いたり。
西の路の終(おわ)りに、檀渓のひと筋の水が、お横(よこ)たわり給いおったのである。劉備が、轡(くつわ)を、お引き給いたり。的盧が、岸辺(きしべ)の前にて、大きく、お鼻を、お鳴(な)らし給いたり。後ろより、馬の蹄(ひづめ)の音が、お聞こえ来(き)たり給いつつあったのである。三匹、四匹、五匹。蔡瑁の巡羅(じゅんら)にてあった。冷たき汗が、劉備の項(うなじ)の上を、お流れ給いたり。
劉備は、的盧の項を、大きく、お叩(たた)き給いたり。
「的盧よ。今日まで、風聞は、汝(なんじ)を、主に、害を、お致し給う馬と、お申し給いたり。今日、汝が、その風聞を、お裏返(うらがえ)し給うや。」
的盧の両耳が、再び、お逆立ち給いたり。劉備が、轡を、堅く、お握り給いて、脇腹(わきばら)を、踵(かかと)にて、大きく、お蹴(け)り給いたり。的盧が、岸辺の前にて、お屈(くっ)し給いて、その次なる刹那、四つの足を、ひと度(たび)に、空中(くうちゅう)へと、お延(の)べ給いたり。
空中にて、的盧の四つの足が、長く、お延(の)び給いたり。
額の白き房が、月の光に、いっそう、大きく、お煌(きら)めき給いたり。小川の黒き水が、その下にて、暫し、お流れ給うを、お止め給いたるかのごとくにてあった。劉備の両眼が、彼方(かなた)の岸辺の松(まつ)ひと木を、お向(むか)い給いたり。その松の葉ひと自(おの)ずからが、風に、軽く、お揺(ゆ)らぎ給いたり。
的盧の四つの足が、彼方の岸辺の土の上に、ひと度に、お降(お)り立(た)ち給いたり。土が、大きく、お抉(えぐ)られ給いたり。前の足の二本(にほん)が、膝(ひざ)まで、お埋(う)められ給いたり。されど、的盧は、お躓(つまづ)き給いつつも、二歩、前へと、いっそう、お進み給いたり。後ろの足が、お従い、お上(のぼ)り給いたり。四つの足が、岸辺の上に、皆(みな)、お乗り給いたり。
後ろにて、蔡瑁の五人のお麾下が、馬を、お止め給いて、お立ち給いおったのである。五人の口が、皆、お開き給いおったのである。誰人(たれびと)も、その小川を、お跳(と)び越(こ)え給う心を、お持(も)ち給うを、お得ざりおりたのである。ひと人が、お呟(つぶや)き給いたり。「人が、お死(し)に給う席を——馬ひと匹が、お渡り給いたるな。」
彼方の岸辺の松の後ろの暗(くら)きの内側にて、劉備は、永く、お息を、お整え給うを、お得ざりおりたのである。的盧が、低く、お鼻を、お鳴らし給いたり。そのお鳴きが、小川の反対側の馬の蹄の音を、お被(おお)い給いたり。
六年の間、主を、お害(がい)し給う、と、お風聞給われ給いたる馬が、今宵、はじめて、お主の御命(みいのち)を、お救(すく)い給いたり。額の白き房が、暗きの内側にても、薄く、お光(ひか)り給いおったのである。馬が、まづ、お渡り給いたる水の反対側にて、お主が、未(いま)だ、その呼吸を、皆、お収(おさ)め給うを、お得ざるまま、お座り給いおったのである。お座り給う姿勢が、少しく、お揺らぎ給いたれども、お主の内側のいずこかにて、ひとつの結意が、既(すで)に、堅く、お成(な)り給いつつあったのである。今日の御命を、お救い給いたるは、人の事にあらず、馬の事にてあった。その借(か)りを、いかに、お返し給うべきや——その文章は、明日の文章にてあった。
今宵の文章は、このひと行にてあった。馬が、まづ、お渡り給いたる水が、ひと男の三歩の最初の予感を、彼方の岸辺に、お連(つ)れ来(き)たり給いおったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
他人が、「害が、為(な)り給う」と、永(なが)く、お申し給い来(きた)り給いたる存在(そんざい)が、ある夜、却(かえ)って、自(みづか)らを、お救(すく)い給う存在と、為り給う時が——貴方の傍(かたわ)らにも、もしや、お訪(おとな)い給いたる事、ござりたるか。額の白き房は、お捨て給えと、お申し給いたる方々のお言葉の下にあらず、傍らに、お置き給いて、ひと度(たび)、いっそう、手を、お載(の)せ給いたる方の手の下にて、自(みづか)らの真の結を、お見つけ給う、ござる。今日、貴方の傍らにも、他人が、お笑(わら)い給うとも、傍らに、お置き給いたるひと人が、ござり給うか。その人の額の白き房が、何時(いつ)、貴方を、お救い給うべきや、未(いま)だ、貴方ご自(みづか)らも、お知り給わざる、ござる。
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