[Day 20] 天下の諸侯方へ
一月 · 星が集まる | 約三分の読み

檄文(げきぶん)が陳留(ちんりゅう)を発(た)ちたる朝、曹操(そうそう)が部下ひとりずつに、ひと通の文(ふみ)を委(ゆだ)ねたり。文は総(すべ)て十七通にてあった。同じく写し書かれたる文にてありしも、各通(かくつう)の受信者の名のみが別々に記されおったのである。その名を記し入るる間、曹操の筆先が、ひと度ずつ止まりたり。その止まりにて、今日の陳留の庭の外側へと、ひと筋の糸が、ひと方向ずつ解(と)け出(い)でつつあったのである。
第一の通は、後将軍(こうしょうぐん)・南陽(なんよう)太守袁術(えんじゅつ)のもとへと回り行きたり。第二は、冀州(きしゅう)刺史(しし)韓馥(かんふく)、第三は、豫州(よしゅう)刺史孔伷(こうちゅう)、第四は、兗州(えんしゅう)刺史劉岱(りゅうたい)、第五は、河内(かだい)太守王匡(おうきょう)、第六は、陳留太守張邈(ちょうばく)、第七は、東郡(とうぐん)太守橋瑁(きょうぼう)のもとへと、渡り行きたり。
曹操の筆先が、第八番目の名の前にて、いっそうに永く止まりたり。山陽(さんよう)太守劉繇(りゅうよう)。第九は、済北(さいほく)相(しょう)鮑信(ほうしん)。第十は、北海(ほっかい)太守孔融(こうゆう)。第十一は、広陵(こうりょう)太守張超(ちょうちょう)。第十二は、徐州(じょしゅう)刺史陶謙(とうけん)。
第十三は、西涼(せいりょう)太守馬騰(ばとう)。第十四は、北平(ほくへい)太守公孫瓚(こうそんさん)。第十五は、上党(じょうとう)太守張楊(ちょうよう)。第十六は、烏程侯(うていこう)・長沙(ちょうさ)太守孫堅(そんけん)。
さらに、第十七番目の名の前にて、曹操の指先が、最も永く停止したり。祁郷侯(きごうこう)・勃海(ぼっかい)太守袁紹(えんしょう)。
袁紹の名の上に、筆が降り立つそのひと息にて、曹操が内(うち)にしずかに笑みたり。この人は、洛陽の司徒王允(しとおういん)の家にて、曹操が向き合いたる、まさにその人にてあった。過ぎし時節、客間にて「この老(お)いの者は、泣くひと事のみにて、何を成(な)し得申さんや」と曹操が嘲(あざけ)りたる時にても、傍らの席にて、永く沈黙しおりたる人であった。今日、曹操が彼の名の上に、「本初(ほんしょ)」の字(あざな)を、更に書き加えたり。その字が紙の上に降り立つひと息にて、ひと時代のひと方の翼が、畳まれて、再び広げられつつあった。

檄文の本文は短かりき。曹操が永くは記さざりき。人を動かす文は、長きが故に動かすにあらざる事を、彼は三十五年の間、学び来たりたのである。
「操等謹以大義佈告天下。董卓欺天罔地, 滅國弒君, 穢亂宮禁, 殘害生靈, 狼戾不仁, 罪惡充積。今奉天子密詔, 大集義兵, 誓欲掃清華夏, 剿戮群凶。望興義師, 共洩公憤, 扶持王室, 拯救黎民。檄文到日, 可速奉行。」
(操等、謹(つつし)みて大義を以て天下に布告(ふこく)す。董卓、天を欺きて地を罔(あざむ)き、国を滅ぼし君を弑(しい)し、宮禁を穢(けが)し乱(みだ)し、生霊(せいれい)を残(ざん)害(がい)し、狼戻(ろうれい)にして不仁、罪悪、充積(じゅうせき)せり。今、天子の密詔(みっしょう)を奉じて、大いに義兵を集め、誓いて華夏(かか)を掃清(そうせい)し、群凶(ぐんきょう)を剿戮(そうりく)せんと欲す。望(ねが)わくは義師(ぎし)を興(おこ)し、共に公憤(こうふん)を洩(は)らし、王室を扶持(ふじ)し、黎民(れいみん)を拯救(じょうきゅう)せん。檄文の到(いた)る日、速やかに奉行(ほうぎょう)すべし。)
十七人の使(つかい)が、陳留の庭を発ちたり。七つの使は北へ、六つの使は南へ、三つの使は西へ、ひとつの使は東へと、駆け始めたり。ひと張の檄文が、十七筋に岐(わか)れたる朝にてあった。ひと筋の糸が、ひと方向ずつ解け出(い)でゆくその庭の内側にて、曹操の筆先がしずかに、降り立ちたのである。
程なくして、十七筋の糸が、答(こた)えを乗せて戻り来たった。袁術が承諾、韓馥が承諾、孔伷・劉岱・王匡・張邈・橋瑁・劉繇・鮑信・孔融・張超・陶謙・馬騰・公孫瓚・張楊・孫堅が、順に承諾のひと行を送り来たった。最後に、袁紹の大いなる印章の押されたるひと張の答えが戻り来たった。袁紹が盟主(めいしゅ)の席を承(う)け給わんとのひと行が、その紙の内側に、記されおったのである。
Book 1 の二十度目の朝が、陳留の庭の内側の筆先の上にて、しずかに開かれたり。討卓檄(とうたくげき、董卓を討つ檄文)の三字が、ひと張の文が十七筋に岐(わか)れて、再びひと席の盟主の印章の内側へと集(つど)い行く姿勢の種子として、植えつけられつつあったのである。Day 19 の 首義旗(しゅぎき)の白き旗の二字が、今日、十七筋の答えのひと筋として、拡張されおったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ひと張の文が、十七筋に岐かれて、ひと筋の糸の方向へと発ち行きたる後、ひと印章の内側へと、再び集(つど)い来たる朝があり申す。文が長きが故に動かすにあらず、その文の結が低く降り立ちたる故に、動かすの席にござる。今朝、貴方の筆先にも、低く降り立ちたるひと結が、もしやおありにならぬか。その降り立ちを、いっそうしずかに覗き見られてはいかがであろう。
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