[Day 25] 都城を焼く者
一月 · 星が集まる | 約三分の読み

董卓(とうたく)の決心が下されたる翌(あく)る日の暁(あかつき)、洛陽の各(おのおの)の城門の上に、同時に火が上りたり。南宮(なんきゅう)の東の門にてひと筋、北宮(ほっきゅう)の西の門にてひと筋、宮城の外の宗廟(そうびょう)にてひと筋。三筋の火が、ひと時辰(じしん)の内に、都城の半(なか)ばを、ひと枚の紅き布のごとくに、覆い置きたのである。二百年もの間、天子の都城にてあった処が、今朝、黒き灰の塊(かたまり)として、降り立ちつつあった。
呂布(りょふ)が、董卓の別なる命を、奉じて、洛陽外の陵園(りょうえん)へと、向かいたり。陵園には、漢(かん)の歴代の皇帝と后妃(こうひ)らの墓が、ひと列に並びおったのである。呂布の部下らが、鋤(すき)を取りて、その墓ひとつずつを、掘り下げ行きたり。金と玉が、冠の下より、出(い)でたり。珠玉(しゅぎょく)が、腰の下より、出でたり。明珠(めいじゅ)ひと粒が、ある兵の手のひらの内側にて、煌(きら)めきたり。
呂布が遠くに立ちて、その場面を望み見おったのである。指先が、方天画戟(ほうてんがげき)の柄の上に、永く留まりおったのである。昨夕の冷えたる汗が、今朝の額の上に、再び、戻り来たりおった。此度の汗は、音無く、後ろ頸(くび)のほうへと、流れ下りたり。
部下のひとりが、走り来たりて、首を垂れたり。「将軍。霊帝(れいてい)の陵より、金、数十石(こく)と、宝石ひと箱が出(い)で申せり。」呂布が首肯したり。その首肯は、二十六年もの間、初めて、為(な)してみるところの種類の首肯にてあった。生きおる人の前のほうにての首肯にあらず、死せる人の頭(こうべ)の上より下り来たる首肯にてあった。

洛陽の内側の大いなる街にて、すでに数十万人の民が、押されて、西へと動きつつあった。董卓の命は、短かりき。「洛陽の全(すべ)ての民を、ひとりも遺さず、長安(ちょうあん)に移せ。」李傕(りかく)と郭汜(かくし)とが、鉄騎(てっき)を率(ひき)いて、民ひと列の後ろに、兵ひと列を、立てたり。動きの遅き者は、後ろの兵の刀の下にて、路の上に、捨てられたり。この路の二筋の岐れが、長安まで八百里にてあった。その八百里の路の上に、この春の屍(しかばね)が、列を成して、遺るる事と為る。
また、ひと方にては、董卓が、洛陽の富戸(ふこ)数千家を、「逆党(ぎゃくとう)」という名の下に、皆な城の外へと、引き出(い)でたり。彼らの頭(こうべ)に、先(ま)ず旗を立て、旗の上に、紅き字にて「反臣逆党」(はんしんぎゃくとう)の四字を記したり。さらに、ひと度に、皆な、斬りたり。斬り捨てたる屍の上にて、財物が、車にて運ばれたり。数千家の財産が、ひと日の間に、董卓の蔵(くら)の内側へと、入り行きたのである。
呂布が、洛陽外の陵園の皇帝の陵を、最後に掘り下げたる頃、洛陽城門の外の南の野原に、ひと匹の馬の塵が、上り来たった。孫堅(そんけん)の軍が、洛陽南に、到達しおったのである。董卓の後軍が、すでに西へと退きたる後にてあった。孫堅が、洛陽の廃墟(はいきょ)の内側へと、入りたり。彼の両眼が、真黒(まっくろ)なる灰の塊の上の、井戸ひとつに、留まりたり。井戸の口の上に、薄き湯気(ゆげ)が、上り来たりおったのである。その湯気の結が、その他の全(すべ)ての灰の塊の結と、異(こと)なりおったのである。
孫堅が、部下に命じて、井戸の内側を確かめしめたり。部下が縄を下せば、井戸の底より、ひと女の屍(しかばね)が、上り来たった。その女の頸(くび)に、絹の袋が掛けられおったのである。袋の内側に、紅き印(いん)ひとつが、入りおったのである。印の上のほうに、龍五匹の柄(つか)が刻まれおり、底のほうに、八字が刻まれおったのである。「受命於天 既壽永昌」(しゅめいおてん きじゅえいしょう、命を天に受け、既(すで)に寿(じゅ)の永(なが)く昌(さか)えん)。
伝国玉璽(でんこくぎょくじ)にてあった。孫堅の両眼が、細く成りたり。袋の結び目を再び結びて、己が懐の内側に納めたり。ひと言も取り出さざりき。今朝、洛陽を焼く者と、洛陽の灰の内側の井戸より、古き印を取り出して、懐に納めたる者との、二席が、同じ天の下に在りたのである。
Book 1 の二十五度目の朝が、洛陽の灰の塊と、井戸との二席にて、しずかに深まりゆきつつあった。焚洛陽(ふんらくよう、洛陽を焼く席)の三字が、都城の半ばが、ひと枚の紅き布にて覆われ、井戸の口より、薄き湯気が上り来たるひと息の種子として、植えつけられつつあったのである。Day 24 の 初転轡(しょてんひ)の二岐が、今朝、都城の火の席と、玉璽(ぎょくじ)の懐の内側との、二席へと、分かたれおったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
都城の半ばが、ひと枚の紅き布にて覆わるる朝があり申す。その覆いの灰の塊の内側より、薄き湯気が、井戸の口へと上り来たる席があり申す。焼く者と、湯気のひと結を読む者とが、同じ天の下に立ちおるひと息にござる。今朝、貴方の足の下にも、灰の塊の内側の薄き湯気が、もしやおありにならぬか。その湯気のひと結を、しずかに覗き見られてはいかがであろう。
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